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お姉さまの初めて争奪戦 乙女地獄変(4)

アントレーをあけるとバケツの中には超巨大ロブスターの天丼があった。これを天丼と呼んでいいのであればだが。
「いただきます」
覚悟を決めて瑞穂が一口天ぷらをかじる。
「あっ。おいしい。おいしいです。貴子さん」
「あ、当たり前ですわ。お姉さまにおかしな物を出すわけありません」
とはいうものの。大きすぎるロブスターは大味になっており、基準点以上ではあるが最高点になるかどうか。微妙だった。
「はい、結果は後ほど。生徒会チームは参加者席でお待ち下さい、さて二番目のチームはどうぞー」
紫苑が促した。

次のチャレンジャーの天丼が登場した。
天丼……人間が食べられる物をそう称するのは瑞穂も知っているが、これは何という物だろう。
そこにあったのは黒い消し炭のようなカリカリに焦げ上がった天ぷらのようなものと濃厚なあんかけのような汁のかかった生米と見まごうばかりの固いご飯の組み合わせ。
「うう、私死んじゃうのかな」
そう言いながら一口ほおばった。
ガリッ。歯に何か嫌な音が響いた。
消し炭状態の衣であった。ハードビスケットの様な歯ごたえと、炭化した素材の苦い味が口いっぱいに広がった。焼き肉の焼きすぎた肉が炭になったような風合いだ。
「美味しいですよねっ! お姉さまっ! 」
期待に目を潤ませる少女には悪いが、美味しくはなかった。だが瑞穂は無理して飲み込んだ。
「ええ、美味しいわ」
さすがはエルダー。涙目になりながらも気丈に褒めた。

「さて、三組目、どうぞ! 」
何かすごく嫌なにおいがする。これは危険だ。そう瑞穂が思った通り、次の班の料理は、この手の料理対決ではおなじみの重曹百パーセントの衣を使った、苦くてえぐくて、極めつけにまずくて体調をおかしくする怪しい料理だった。
「紫苑さぁん、食べないとダメですか? 」
「ええ、ダメです。女の子の想いがこもっている料理を無下には出来ませんよね」
どこかの腹黒メイドさんのようなセリフが帰ってきた。
「×◇▽#$&♪∞~」
「瑞穂っち。ここにはエチケットバケツは無いからね。飲み下しなさい」
圭が悪魔の様な事をさらりと言った。

美味しい物も中にはあったが、大半は重曹たっぷり、にがりたっぷりの物であった。
「し、紫苑さん、お腹が痛いので……保健室に……」
「あら? 瑞穂さん、お顔が真っ青ですわ。でもその前に優勝者を決めてから倒れて下さいね」

***

「ああっ! お姉さまの初めてゲットよぉおお! 」
少女は感涙にむせいでいた。
こうして、恵泉女学院の裏歴史に燦然と名を残した、お姉さまの初めて争奪戦は幕を閉じた。

「お姉さま……いいのですか? 昨晩、私と一緒に調理の練習をしちゃった事を言わなくても? 」
保健室で寝込んでいる瑞穂に、話を聞いて駆けつけた由佳里がした耳打ちに、瑞穂はただただ引きつり笑いをするしかなかった。

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お姉さまの初めて争奪戦 乙女地獄変(3)

「まりやさんからの言いつけでちゃんと、瑞穂っちの料理を試食する栄誉を与えられる人を選ぶ事をするように言われているので安心なさい……」
「ええ、そうですわ。野放図にしておくと秩序が保てません。ということで瑞穂さんは正規の班の人数分と試食の栄光を勝ち取った一人用のあわせて五人分を調理していただくこととしましょう。瑞穂さんの手料理をいただきたい方は勝ち抜き戦に挑戦していただくということになります」
紫苑が恐ろしいほどてきぱきと段取りを決めていく。すでにこうなることは予想済み。なのであらかじめ段取りを決めていたようだ。

「『輝け! 第十万飛んで一回、チキチキ愛のエプロン~瑞穂さん手料理争奪戦』を開始します、競技内容は作り方レシピを見ずに記憶だけで料理を作るという、チキチキ愛のエプロンサバイバルデスマッチ方式とします」紫苑は司会を務める羽目になっていた。日頃トンチキなセリフを言わないだけに、その違和感たるや筆舌に尽くしがたい。

そして、調理実習室は即席キッチンスタジアムに変身していた。恐ろしい事に調味料はボウルや小瓶、計量カップに入れられているが、名前は書かれていない。また、いざと言う時の為に消火器が用意された。以前蒸篭を直接火に掛けてしまった少女が居たため、予防策として用意されたものである。貴子は消火器を使わないことを願った。

まずは、海老の天ぷらを使った天丼が競技対象になった。
大きい物は伊勢エビや全長二メートルはありそうな超巨大オマール海老やロブスター、小さい物は桜海老まで揃っている。
大半の者はお嬢様とは言え庶民の出なので正しく車エビやブラックタイガーなどの一般的な天ぷら素材を選んでいく。たまに桜エビや甘エビなどでかき揚げをねらう者も居る。
「会長!これなんか大きくて食べ応えがありますわ」君枝がそう言って差し出したのは身の丈二メートルの超巨大メインロブスター。アメリカはメイン州の空港で、大男がロブスターのはさみをバンザイしてるように広げてにっこりとしたポスターを見かけるがそれに出てきているような大物だ。
「ええ、コレにしましょう。君枝さん」

小麦粉、卵、重曹、水、これが衣の原料。貴子と君枝、葉子、可奈子の四人はロブスターの殻を力任せに剥くと、衣を作り始めた。
お菓子作りで鍛えているだけあって、粉の混ぜ方は絶品だった。しかし、具が大きいというどこかの宣伝並、いな大盛りの美学とか言う番組で紹介しても良いような具の大きさの天ぷらになっていった。
「会長、ちょっと天ぷらが大きい気がしますけど、どうしましょう? 」
可奈子は、君枝の疑問に答えて、とんでもないものを皆の前に出してきた。
「バケツ? 」
「ええ、『バケツでごはん』ということわざもありますし~、インパクトでぇ、勝負しましょぅ」
こうして、貴子チームは誰が完食できるのかというような代物を作り上げた。
一方、そこかしこで重曹と小麦粉を間違える者が続出した。そもそも、無表示の粉袋、さらにほとんど同じ目方にして置いているのが、危険を誘発しているのであるが、まさにお約束と言うくらい重曹に卵をまぜるという調理をしていく少女達。
「瑞穂さん、保健室へ行って胃薬をいただいてきた方がよろしいかもしれませんわね」
「紫苑さぁん、またそんな他人事みたいなぁ」
「ふふ、これもエルダーの努め。あきらめましょうね」
「紫苑さんのいけずぅううう」
一子ちゃんみたいな事を言って拗ねる瑞穂であった。

「では、完成したところで、エルダーの瑞穂さんにご試食をしていただきましょう。評価の高かった方が、瑞穂さんの愛の手料理をゲットできるのです」
紫苑は、ノリノリだ。

「お姉さま~、わたくしたちの愛のメニューを~」
「いいえ~わたしたちの方が愛がこもってますわ~♪」
「「わたしの方こそ愛が~♪」」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてみなさんミュージカルみたいに歌っているんですかっ!」
「「それは~、あ~い~ゆ~え~に~♪」」
「ううぅ、何がなんだか、わかわかんないよう」
「では、僭越ながら私が口移しで最初の一口を」
パコーンッ!
どこからとも無くハリセンが、うかつなことを口走った少女をぶちのめした。

結局、試食の順番はくじ引きとなった。

「あ、貴子さん」
一番くじは、生徒会組。
「わ、私はお、お姉さまに不埒な物を食べさせようとする不逞の方々からお姉さまを守……」
「ストップ。貴子さん。貴子さんのお心遣い判っていますよ」
そう言うと瑞穂は貴子達の作った料理をアントレーから……はみ出していたそれを見て絶句した。
「あの、貴子さん? これは何でしょう……」
「おねぇさまぁ、これはぁ。『バケツでごはん』といってぇ、由緒正しい料理ですぅ」
可奈子が舌っ足らずなしゃべり方で解説する。
「あの…私の記憶が確かなら、それは動物園のお話ではなかったかしらぁ? 」
動揺でアクセントがおかしくなっている。
「中身はぁ、まともですぅ。どうぞぉめしあがれぇ」

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お姉さまの初めて争奪戦 乙女地獄変(2)

家庭科実習室。そこは、通常三十名ほどの生徒しかいない場所である。
今、そこにいるのは数十名どころではなく、百数十名といったところか。
「これは、一体……? 」
瑞穂だけではなく事情をよく判っていない家庭科の先生や、話に乗り遅れた一部の生徒は絶句していた。
「私たちにもお姉さまの初めてをいただきたいのですっ! 」
「へ? それは……何の事ですか……」
瑞穂は、何が何だか判らない状態に混乱しかかっていた。
「お姉さまっ! 」
「何ですの? お姉さまの初めて。と言うのは」
紫苑が助け船を出す。しかし、今のままでは泥の船状態ですよ。瑞穂は思っていた。。
「お姉さまが初めて調理実習をなさると言うことで、その試食をさせていただきたいのです」
「ここにいる全員に食べさせるとなると、一体どれだけの量を作らなくてはならないのかわかりませんわね」
「紫苑さぁん。そんな他人事みたいな……」
「あら、瑞穂さん。私ではなくて瑞穂さんの事ですから当然ですわ」
そう言うと紫苑は、にこやかに微笑んだ。華麗に助け船は轟沈した。

「お、お姉さまっ! 」
生徒会長が騒ぎを聞きつけて登場した。
「貴子……さん」
「こ、これは一体何事ですかっ! 各人ホームルームへ戻りなさい」
そう、威厳を持って警告を発した。
「生徒会長。会長はお姉さまの手料理を食べてみたいとは思われないのですか!?」
「え。お……お姉さまの手料理……。ぴゅ。ぴゅるる。ぴゅるるるるー。ばたっ」
何か愉快な効果音を出しながら、貴子は大量の鼻血を出しながら倒れた。
「か、かいちょおおおおおおお」
貴子の金魚のフン1号の君枝が、倒れている貴子を揺さぶった。
「私としたことが……」
貴子は薄れ行く意識の中。心の中で地団駄を踏んだ。

それをよそ目にクラスメイトは瑞穂誘致合戦を繰り広げている。
オリンピックの誘致合戦並に、いやそれ以上の勢いで瑞穂の気を引こうとしている。

「お姉さま。こちらの班にいらしてください♪」
「いえいえ、私たちの方へ♪」
「あらあら。こちらは、料理の達人が揃っていましてよ♪」
「こちらへ♪」
「こちらへ♪」
だんだん、収拾がつかなくなっていった。

「ふっ。あなたがた……瑞穂っちは私たちが引き受けます……」
ぬうううっと瑞穂の前に下から沸いて出たのは、一目どころか二目も三目も置かれている小鳥遊圭であった。どこから出てきたんだろうと瑞穂がいぶかるよりも前に、すっと脇から出てきたのは、高根美智子と十条紫苑。この三枚ブロックは鉄壁すぎるわっ!くうぅ。と歯ぎしりをした少女が何人いたことか。

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お姉さまの初めて争奪戦 乙女地獄変(1)

『お姉さまの初めてがいただけるのですって!? 』
 この噂で恵泉女学院内は完全に浮き足立っていた。
事の起こりは三年A組におけるたわいのない会話だった。

「瑞穂さんはお料理をしたことが無いというのですか? 」
「ええ、父様の命で厨房には入ってはならぬ。と言われてまして、ずっと料理をする機会がありませんでした」
「まあ。箱入り娘極まれりといった感じなのですね」
「あは…あはは、紫苑さん? それは判って言ってらっしゃるのですか? 」
「うふふ。あら、そう言えば以前の学校でも家庭科の授業はありませんでしたの? 」
「ええ、開正は進学校だったので家庭科の授業などは、他の科目に振り替えられてしまっていたのです。テレビでも取り上げてられていましたよ」
「そうしますと、これが瑞穂さんの初体験というわけですね」
「ええ、だからどうしようかと考えあぐねているところなんですよ」

それを聞いていたクラスメイト達は、『お姉さまと同じ班になれば、初めての手料理が食べられる! 』と舞い上がってしまった。教室移動の合間やお昼の食堂やクラブ活動でどうしたら同じ班に、いや同じ班が無理ならどうしたら手料理が入手できるか相談を始めた。さらにその相談を聞きつけた他のクラスの生徒や下級生達の間にも爆発的に話は広がっていったのだ。

 ***

ここは恵泉のとある部屋。そう、裸電球が素敵な謎の部屋。

「同志諸君! 早速お集まりいただきありがとう。さて、現在我が校では宮小路瑞穂嬢の初めて作った料理をどうやったら食べる事ができるか喧しい状況であーる。そこでだ、我々が楽しむためにどうしたらいいかを考えていこうと思っている」
ぱちぱちぱち。

こうして陰謀は放たれたのである。

***

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